例の二人(ナル麻衣):後編
「キャロライン。さっきは誰と歩いていたんだい?」
「麻衣」
「……誰?」
「麻衣は麻衣じゃない」
キャロラインが初めて麻衣に会った日。キャロラインの所属する研究所で、キャロラインは同年代の学部生にそう質問された。
「えーっと、つまり所属を聞きたいんだ」
キャロラインとの会話に慣れていない彼は、何とかきちんとした回答の帰って来そうな質問を捻りだした。
「麻衣はSPR日本支部の調査員よ。今回は能力測定を行いに来たの」
「ああ、オリヴァー博士の噂の現地調査員か」
栗色の髪、紅茶色の瞳。東洋人にしては薄い色素の、可愛らしい少女。ローティーンでさえなければ好みなのだが、と彼は思う。
ちなみに彼は大学に入って日も浅く、ナルという人物を知らない。だから、単なる現地の調査員の能力測定という言葉を鵜呑みにした。
「何歳なんだろうな。可愛かったなぁ」
「麻衣は可愛いわ。私より一つ下よ」
彼は目を見開く。何と! それではハイティーンであり射程範囲内だ。
「キャロライン、ミス・麻衣を紹介してもらえないかな?」
「イヤよ。私が麻衣を独り占めするんだから」
「……」
けんもほろろな回答に、彼は脱力して半ば諦めた。キャロラインが自分の意見を曲げることは殆ど無い。そして彼はとてもではないがキャロラインを説得できる技量は無いと思っていた。
だから学会後のパーティーに彼女がキャロラインと共に現れた時にはこれは運命だと思ったくらいだった。
化粧をして美しい振袖を着た麻衣はとても美しく、オリエンタルで神秘的で、彼は一目で恋に落ちた。
彼女こそ自分のマダム・バタフライになるのだとさえ思った。
「私が開設した日本支部の調査員にして優秀なセンシティヴ、そして両親にも紹介した恋人であるマイ=タニヤマです」
しかし、ナルの言葉によって彼の恋は呆気なく散った。おそろしく似合いのカップルだったからだ。
引っかきまわすのが嫌になるくらい。
日本に帰った麻衣は始業式に出た。出たのではあるが、その日の帰りはナルとリンが麻衣を迎えに来て大規模な書物調達のために神田の古書店街に車で行く手筈になっていた。
だから待ち合わせに間に合うように、麻衣は急いで階段を下りる。すると、少年が麻衣に話しかける。
「おっ、谷山! お前イギリス行ったんだって? 英語で話してくれよ」
“We just should do what we must do.”
「ごめん! やっぱり日本語で!」
元クラスメイトの長島の言葉に、麻衣は思わず苦笑する。
「長島ってば、わかりもしないくせによく言うよ」
「やー、その場のノリって大事じゃん」
「まね。でもあたし今から仕事だから、ごめんねー」
「まじか。あの車?」
「うぁ! もう来てる!! やばいっ! 殺されるーっ!!」
突っ走って行く麻衣を見て、今度は長島が苦笑する。焦る麻衣が面白くて、階段の窓から麻衣が出てこないかと玄関を見やる。はたして大慌ての麻衣が車に走る。
長島は目が良い。おそらくは遠くを正確に見ないといけないサッカー部のミッドフィルダーだからだろうとは友人の言。
だから長島は、見てしまった。もう誰も見ていないと思って緩んだ麻衣の表情を。
元気の塊でしかないような麻衣が、蕩けるように微笑んでいた。安心しきった笑みを見たことが無かったのだと、長島は初めて知った。
麻衣が孤児なのは知っていたけれど。
車から芸能人も真っ青の黒衣の美少年が降りてきて、どうやら麻衣を呼んだようだ。
その瞬間の麻衣の表情を、長島はうまく言葉にできなかった。
恋する乙女の表情だった。
とても、美しい表情だった。
(やっべ……)
思わず赤面してしまう。二人はロマンチックに抱擁などせず、いかにも事務的にさっさと車に入って行ったが、こちらが恥ずかしくなるほど明け透けな表情だった。
(……明日から顔合わせづらいカモ)
クラスが別になったことに、長島は感謝した。どうもこれでは、これまでのように性別の関係無い友人として麻衣と接するのが難しくなりそうだと、そう思ったので。


